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フレームワークは作れるようになろう vol.1


こんばんは。

NANAさんが「ペパちゃん」とか呼んでくれるので「ちゃん付けだとぉ〜ぅ!(怒)」と全国のNANAファンからの厳しい視線が注がれつつあるペパですw( ̄ー ̄)。

さて、そのNANAさんが創られた「DRINKの法則」を以前紹介したけれども、今回はそういうふうに「フレームワークは自分で作れるレベルを目指そう」というお話。


勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレームワーク力 ビジネス思考法の基本と実践
勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレームワーク力 ビジネス思考法の基本と実践
勝間 和代

知的生産力が劇的に高まる最強フレームワーク100
知的生産力が劇的に高まる最強フレームワーク100
永田 豊志


みたいにフレームワーク本はいくつか出ている。診断士試験でも3Cとか4Pとか5つの力とかはおなじみ。

フレームワークは、まずそうやって本や教科書から知識として学んでいくものなのだけれども、ある程度感覚が身についてきたら、最終的には「自分でフレームワークを作る力」をつけていくことが、勝ち組ビジネスパーソン(笑)になるためには必要だと思う。


【フレームワーク思考力の3段階】




…という発展段階を経るのではないかと思う。

カンのよい人はお気づきかも知れませんが「初級、中級、上級」も一種のFWです。今僕が創りました。

なお、前掲の「最強フレームワーク100」は、立ち読みしてみたところ、いわゆる「フレームワークカタログ」みたいなものだったので、この本は初級あるいは中級の方向けだと思われます。勝間和代氏の「7つのフレームワーク力」の方はすんませんが読んでないので知りません。

ただ、「フレームワークを創ること」に特化した、いわゆる上級者向けの本は、今のところないのではないかと思います。密かに書いてみようかなという野望もなくもないのだけれども、もしあったら教えていただけるとすごく嬉しいです。



3Cや4Pはとても便利なフレームワークだけれども、「4P」と言えば「マーケティング」を連想するように、それぞれのFWが使える領域というのはだいたい決まっている(本当は微妙に例外もあるのだけれど話がややこしくなるのでここでは割愛します)

だから、既存のフレームワークが使えない状況においてフレームワークを使おうと思ったら、自分で作り出す必要がある。


「4P」にしても、当然のことながら最初に創り出した人がいる。

50年くらい前まで、マーケティングというのはイマイチつかみどころのない、もやもやした領域だった(と思う)。そんな中、ジェローム・マッカーシーという学者さんが「4P」を編み出して「つかみどころ」を作った。それ以後みんな、とりあえず4Pに当てはめることで企業のマーケティングを理解するようになった。

同じように、それまでつかみどころがなかった「診断士2次試験のシステム絡みの設問」において、NANAさんは「DRINKの法則」を編み出してつかみどころを作った。


既存のフレームワークが存在しない領域でフレームワークを創る。
これが、上級者のフレームワーク力だと思う。



明日に続きまーす。


参考「社会人なら押さえておきたいフレームワーク思考 」
http://blog.livedoor.jp/ld_directors/archives/51131574.html

「傭兵稼業」


自分の仕事は「傭兵」みたいなものであり、自分の会社のメンバーでチームを組む他にも、他の会社が請け負った仕事において人手やスキルが足りないところに呼ばれてふらっと3ヶ月とか半年とか手伝うこともある。

だから、いろんな会社とやることになるし、その分、いろんなタイプの「上司」を知っている。社会人になってから今まで20人近くの上司のマネジメントスタイルに触れることができたのは貴重な財産だと思う。


今回の上司の原さん(仮名)は指示がちょっと曖昧なタイプ。それでいてプレイングマネージャー型なので、あちこち飛び回っており、質問に行こうにもなかなか捕まらない。今流行りのフレーズで言えば「原さん、どこいってもうたんや…」ってやつだ。

しかも、字が絶望的に下手くそなので、残していった指示のメモもほとんど解読できない。

そして僕は途方に暮れる。


だけど、最近はこういう「無茶振り」のほうが楽しい。具体的な指示を受けてそのとおりにやるよりも、曖昧な指示を受けて、その上で「どうすれば期待通り/以上のアウトプットができるか」を考え抜くところにおもしろさを感じる。

ベストセラーになった「地頭力を鍛える」にも、「曖昧な指示の上司のほうが仮説思考力を鍛えるチャンスになる」といった内容の記述がある(うろおぼえ)。最近までは細かく指示するタイプの上司との仕事が多かっただけに、なおさら強く、その言葉を思い返す。

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

本書に出てくる「フェルミ推定」は、つまりは「無茶振り」のことである。「日本に電信柱は何本あるか?」とか「日本に美容室は何軒あるか?」なんてのは、フェルミ推定と言えばカッコいいけど、要するに無茶振り以外の何物でもない。

曖昧な指示の下で仕事をし続けるというのは、毎日フェルミ推定をやらされているようなものであり、この2ヶ月ほど、「原さんの中にはこういうイメージがあったんじゃないだろうか」「こうすれば仕事の目的が達成できるんじゃないだろうか」「こうすれば仕事が前に進むんじゃないだろうか」と考え続けたことは、僕の仮説思考力を研ぎ澄ますことに案外貢献したんじゃないかと思う。

逆に言えば、フェルミ推定を繰り返しトレーニングすれば、こういう無茶振りな場面で活きてくるということかも知れない。


ついでに、2次試験でも組織事例なんかに無茶振り設問が多いけど、こういうところに突破口がないかな、などと思い始めている。その辺についての考察は、またいずれ。



「そして僕は途方に暮れる」(大沢誉志幸)

「総論賛成のワナ」


「人材育成」とか「地域活性化」とか「中小企業活性化」とか、それだけで耳障りのよい(←しつこいようだけど誤用)言葉ってあるじゃないですか。「〜って大切だよね」と言われると「ええ、そうですね」としか言い返せない言葉。

それらは間違いなく大切なことなんだけど、それを言っているだけでは何も言っていないのと同じなんですよね。誰も反対しないけど、誰も議論を深められない。だから、進歩がない。


たとえばこのブログで「地域活性化が大切です!」とか「中小企業の活性化が日本経済の発展には欠かせません!」とだけ言い続けていたらどうでしょうか。そのうち誰も見に来なくなってしまうと思うんですよね。何も面白くないし、どこにも「自分の言葉」がないですから。

だから、自分はそういう「総論賛成」でしかないエントリー、毒にも薬にもならないエントリーは意識的に書かないように(なるべく)しています。


あちこちの企業でも「総論賛成な会議」って行われていると思う。「今後は機動力を持った経営が重要だ」とか「今はいろいろ大変な時期だが、みんなで一丸となって乗り切ろう」みたいな、全員の合意を得て終わるだけの会議。


そういう「総論」に陥るのを避けたければ「各論」に踏み込むしかない。

たとえば僕が「これからは現場力よりも先にゴーンのようなリーダー経営者の育成を優先すべきだ」と書いたとする。

そうすれば「いや、今は現場力を優先すべきだ。なぜなら…」とか「ゴーン型ではダメだ。ウェルチの方がいい。なぜなら…」といったいろいろな意見が出てくると思う。そうやって議論ができるようになる。


言うまでもなく、「各論」を語りたければそれ相応の理論武装と勇気が必要になる。「なぜ経営者育成を優先するのか。なぜゴーン型なのか」という主張に対する根拠をきちんと組立てておかなければならない。そして、主張すれば反対されるかも知れないけれど、それでも勇気を持ってに外に向かって問わなければならない。

そして、それを実践する人にはそれなりのリターンがある。優れた意見であれば賞賛されるし、もし優れていなくても、そういう人のことは見る人はちゃんと見ている。苦しみつつも「自分の言葉」を絞りだそうとする人間には、自然と支持者が現れる。


反対に、総論賛成で、批判しようのないことばかりを言っている人間には誰も集まらなくなる。それは、各論に踏み込むための「知的タフネス」と「勇気」を持っていないということを無意識にさらけ出しているからにほかならない。集まるのは、せいぜいその発信者と同様に「耳障りのよい言葉」が好きな人種だけになってしまう。


「総論」の心地よいぬるま湯に浸り続けるか、「各論」の戦いに身を投じて自分を磨くか。言葉を以て人を動かそうとするのであれば、そのどちらを選ぶかを決めなければならないんだと思う。



(追伸)…今回もポイズン大盛りですが、別に特定の誰かを指して書いているワケではないですよぅ。悪しからず。( ̄∀ ̄)



2/24 追記
ちょっと似たような内容のブログエントリーを見つけたのでトラックバックしておきます(向こうのエントリーのほうがぜんぜん素晴らしい内容ですが…)。いいな、こんな文章書けるようになりたい。

「価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない」
http://d.hatena.ne.jp/next49/20090222/p2

「けしからん」を禁止したい


僕がよく拝読している、タケルンバさんという方の記事にインスパイアされたので、(一方的に)トラックバックいたします。


■「議論を呼ぶ可能性」を禁止したい

…こうした「居座り行為」が事実上許されている厚遇ぶりが今後、議論を呼ぶ可能性もある。(公務員宿舎「居座り」132件 東京都心に月1万〜3万円で (1/2ページ) - MSN産経ニュース)

「議論を呼ぶ可能性」ってなんじゃああああああ!!

あのさ、ハッキリ書け、ハッキリ。

結論が欲しいんだよ。どっちなんだよ。産経新聞はどう考えるんだ。この記事を書いた三枝玄太郎氏はどう思うんだ。ないならないでいい。事実を淡々と伝えれば。「こういうことがありました」だけ伝えればいい。



うん、そうだと思う。僕も、新聞の文体にはところどころにこういう歯切れの悪さを感じる。だから新聞を読むのはあまり好きではない。

あとは「〜を考える時期に来ているのではないだろうか」とか。もっともらしい言い方だけれども、要は「まあ、問題だとは思うんだけど、僕自身は自分の答えを持っていません。あとはよろしくぅ」と言っているに等しい。典型的な思考停止ワードだと思う。

まあ、毎日あれだけの情報量をまとめあげて印刷しなければならないのだから、こういう「エネルギーのかからないまとめかた」に逃げたくなる気持ちも分かるのだけど。それに、読者数が非常に多いメディアだから、ブログなんかに比べたらあまりトガったことを言えない、当たり障りのない言い方をするしかないという事情もあるだろうし。


ちなみに、新聞と言えば先日のエントリー「疑わなければならないものリスト」の中で「活字」を挙げた。これは1つにはマスメディアのことを意味しています。

どうやら日本人には「活字信仰」みたいなものがあって、(よくよく考えてみるとおかしいことでも)活字で書いてあるともっともらしく見えてしまう。僕が書いた「受験生最後の日」も、本当は僕の仮説だらけのドキュメントなワケだけど、実際に活字になってみると、書いた当人でさえ、なんとなく正しい真理が書かれているような気がしてきてしまうから恐ろしい。


話を戻す。(新聞ではないけれど)僕は「けしからん」という言葉も禁止したほうがいいと思う。この言葉を聞くといつも僕は違和感を覚える。どこかズルいとさえ思う。


「水着とはいったい何事だ!けしからん!」藤川優里議員に後援会激怒 「解散」を明言
http://www.j-cast.com/2008/09/25027514.html


「市議が水着姿になるとは、けしからん!」って、根拠をちゃんと言っていないんだよなと思う。当人の怒りはよく伝わってくるけれど、それではなぜ水着姿がいけないのか、具体的にどう問題なのかが提示されていない。だから、言われた側も反論しようが困ってしまうし、そういうふうに議論ができない輩ならわざわざ相手する義理もないと思うのも当然だよなと思う。

(別に例の市議がタイプだから弁護しているわけではないですよ。嘘ですけど)

「けしからん」も、思考停止ワードなんですよね。「とにかく、ダメなものはダメ!」(by土井たか子)と言っているのと同じなわけで。

「けしからん」を使うのは本当にけしからん!…というのは冗談ですが、、根拠や理由をすっ飛ばして相手を責めようとするその怠惰は鋭く指摘されるべきだと思うんです。


上司が部下を叱るとき、親が子を叱るとき。「けしからん」を使い続けていると、ものごとを考える力がお互いにがスポイルされてしまうんじゃないかなと思う。

あとは「〜するのはいかがなものか」(by鈴木宗男)とか(それにしても今回やたら政治家絡みの言葉が多い。どれだけ日本の政治にロジックが欠けているかを示しているのかも知れません)「〜するとは遺憾である」とかね。あとは「ありえない」といった表現もちょっと危うい。


まちがっても2次試験では思考停止ワードは使っちゃダメですよぅ。「設備投資なんてけしからん!」とか「新規事業なんてけしからん!」とか書いてももちろん点数はきませんです。


ともかく、この「けしからん」という言葉は、今後議論を呼ぶ可能性がある。
我々はこういった思考停止ワードの是非について、真剣に考える時期に来ているのではないかと思う。(←自己矛盾)

【メモ】疑わなければならないものリスト(+α)


常識。

定説。

流行。トレンド。

活字。もっともらしい言説。

ことわざ。名言。

前提。

神話(参考:「崩壊する神話」)

最初に浮かんだアイディア。

権威(の言葉)。

消費者(の声)。

目的。

慣習。

ルール。

過去の成功(および失敗)体験。

貼られたラベル。

ネガティブな展開。

イメージ。先入観。


※留意点:「疑う」のは結構なことだけど、「疑り深い」のは人間関係に悪影響を及ぼすのでほどほどに。

※ペパセミ受講者の方は「ゼロベース思考」を実践するうえでのヒントとしてご活用くださいぃ。




【メモ】今日のシークレット・パーティで出てきたキーワード祭り。
(こっちは内輪ネタにつき失礼)


502教室、秘密の地下1階

パックン。

ワッショイ!

鬼畜。

同時多発バレンタインメール。

あたうンタビリティ。

○○○が奏でるカルテット。

リバティタワー(裏)と幕張メッセ(裏)。

名古屋シャチホコ祭り(明日)。

某外資系航空会社。

ホームランバー。


…言えねぇ。どの話題も低品質すぎて、何も言えねぇ… orz







メディア芸術祭@国立新美術館に行ってきた


メディア芸術祭@国立新美術館@乃木坂 に行ってきた。
http://www.cgarts.or.jp/festival/index.html




実はワタクシ、大学では他学部の経営学系の授業ばっかりに出ていたものの、本当は「メディア・環境論」コースという意味不明な専攻に在籍していたのです。

「メディア」というと、テレビや新聞といったマスメディアが浮かぶと思う。実際に、学校には「バザールでござーる」「だんご三兄弟」「ピタゴラスイッチ」で有名な佐藤雅彦さんが教鞭をとられている科目もあった(ちなみに佐藤さんは今回のメディア芸術祭にも出展を果たしている)

けれど、「メディア」はもともとは「伝えるための手段」全般を指している。ブロガーにとってのブログ、音楽家にとっての楽器、コンサルタントにとってのパワーポイント。などなど「伝える手段」であれば、あらゆるものが「メディア」として捉えられる。


だから、「メディア論」というのは、創造的なコンテンツを生み出すというよりは、どちらかというとそれらを表現するための手段そのものについて研究する分野だと言える(たぶん)。

新しい技術が新しいメディアを生み、それが新しい表現を生み出す。一方で、頭の中のイマジネーションを実現するために、技術が追いつこうとする。「組織が戦略に従う」一方で「戦略が組織に従う」のと同じで、「コンテンツはメディアに従い」「メディアはコンテンツに従う」。そういう、表裏一体で相互的な関係がある。

実際、今回のメディア芸術祭においても、芸術と技術の幸福な出会いがいくつか見られた。今流行りの言葉で表現すると【メガトン級の衝撃!】ってやつだ。


ちょっと横道にそれる。

それぞれのメディアには、それぞれの特徴がある。どのメディアにも優れた作品というのはあるけれど、特に、そのメディアの特徴に着目してそれを最大限に引き出したときに、非常に面白いモノが生まれることがある。

たとえば、昔のJR東日本のCMで、小泉今日子が「答えは、15秒後!」というのがあった。

JRのCM(出題編)15秒 ⇒ 他社のCM 15秒 ⇒ JRのCM(解答編)15秒

こういう構造。覚えていらっしゃる方も多いと思う。これも佐藤先生の作品。

これは「15秒の中で何を伝えるか」というこれまでの発想を抜け出て、「CMは15秒の作品が連続する」という、当たり前にして重大な特徴に気づいた佐藤先生の慧眼だと思う。CMでしか表現しえないコンテンツだ。まあ、間に挟まれたCMはちょっとかわいそうだけど…。






ともかく僕は子供の頃、このCMを見て感銘を受けた。そして、その何年か後、大学の講義で佐藤先生ご本人の口から、このCMの解説を受けた。

以来、僕の中に「特徴は最大限に引き出す」という思考習慣がインストールされたようで、時々、この発想がヒントになってアイディアが生まれることがある。また、企業の特徴を最大限に引き出す「リソース・ベースド・ビュー」というコンセプトを僕が好きなのも、そういうところに微妙に関係があるのかも知れない。

「特徴に着目し、それを最大限に引き出す」という発想、頭の中の引き出しに入れておいて損はないかと思います。


あ、やべ。肝心の芸術祭の中身を全然書いていない。
長くなってきたので、続きはまた次回。 m(_ _)m

「嶋浩一郎のアイデアのつくり方」


数あるクリエイティブものの本の中では、結構、自分のスタイルに近い内容だった。

要は見聞きする情報をあまり分類せずに貯め込んでいって「放牧」しておくことで、思わぬ「交配」を起こすというもの。

厳密な管理をせずにカオスな状態を許容し、情報の化学反応が起こりうる状態で管理しておくことが大切。「ファイルに入れた途端、情報は死ぬ」という一言は、とてーも突き刺さりました。

嶋浩一郎のアイデアのつくり方 (ディスカヴァー携書 3)

自分も、かなり近い価値観。整理が異様に苦手な自分にはとても相応しい方法論だと思うし。

結びつくはずがないと思っていた要素がある一点で結びつく瞬間。「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!」って感じで、脳内に電気信号がビビビッ流れるのが分かる。ある種エクスタシーですよ。


といっても、これが自分の仕事に役立ったことはあまりない(涙)ブログとかセミナーの教材とかみたいに、表現の自由度が高い場合においてはそういうヒラメキも生まれやすいのだけど、テーマがカタく決まっている仕事においては、これがなかなか閃きにくい。

この本の著者も、クリエイティブ系の仕事だからこそこういうスタイルがマッチしていたのだろうなと思う。これを、どう自分の仕事に落とし込むかが今後の課題となる。


ちなみに昨日のエントリーでは、ジョギングで10Kmを60分を達成した際に、自分の頭の中にあった他の情報、すなわち「目標10億円の企業の話」と「目標1327店の薬のヒグチの話」が、「キリのいい数字」という共通点でビビビッと結びついたわけです。


また、最近、「バンプオブチキン(のある歌)」「家庭教師のトライ」「ホスピタリティ」にはある共通点があると気づいた。

気づいたというか、1つの要素についてあれこれ考えているうちに、自分の脳の中の小人さんが「これも同じ特徴あるよね?」「これもあるよね?」と提案してきてくれる。そんな感じで3つが結びついた(相当強引な結びつきだけど)

ではどんな共通点があるのか。

それはまた後日、エントリーに書きたいと思います。


「コペルニクス」


オバマ新大統領のスピーチとか、麻生首相の漢字誤読とか、どういうわけか自分には興味が持てない。まあ、ニュースくらいは知っているけれど、それに対して深く考えようという気がなぜか起きない。

あー、ボクは政治とか国際とか、そういうマクロな世界に惹かれないんだなー、と気づいた。たしかに、そういう世界よりは「人はなぜ成長するのか」とか「人はなぜモノを買うのか」みたいな、「人間の内面」とか「個」とかのミクロな領域を考える方が好きだったりする。

それがなぜなのか、とか、それについての善し悪しとかは別にして、そういう性向があるということは確かみたいだ。


「何に興味があるのか」ではなくて「何に興味がないのか」を考える。

それで思い出したけれど、「何がやりたいのか」ではなくて「何をやりたくないのか」を考えよと、ある本で読んだことがある。あちこちで言われる言葉だけれど、けだし慧眼(Insight)だ、と当時は思ったものだった。


平和を理解したいのなら、まず戦争を理解せよ。

女を知りたいのなら、まず男を知れ。(←これは今作った)

そういう、思考の「コペルニクス的転回」ってとても大切。


「戦略的」って何? じゃあ、「戦略的」の反対って何?

「仮説思考」って何? じゃあ、「仮説思考」の反対って何?


考えてみてください。反対概念について考えることで、元の概念についての理解をより深めることができるはずです。



※2年前に書いていた、関連エントリー

合言葉は「コペルニクス」 その1
http://redwing-don.jugem.jp/?eid=67

合言葉は「コペルニクス」 その2
http://redwing-don.jugem.jp/?eid=68

「ハンカチは四角形だなんて誰が決めたの」


どこのお店だったかは忘れてしまったけれど、「円形のハンカチ」を売っているのを見たことがある。なかなかお洒落だった。

それを見たとき、「あ、そうか。誰も『ハンカチは四角形でないといけない』なんて言ってないよな」と気づいた。


それに関連して思い出したのが「アサンプション・スマッシング」である。ボクがとても重宝している思考技法であり、ペパセミにおいても「ゼロベース思考」に絡めて紹介した。

もともとは「クリエイティブ・シンキング」という本で最初に知ったのだった。創造的思考にご興味のある方はぜひどうぞ。

クリエイティブ・シンキング―創造的発想力を鍛える20のツールとヒント

たとえば「携帯電話」をテーマとする。携帯電話の「前提(アサンプション)」になっている要素を列挙する(例:ボタンが15個前後ある。プラスチックでできている。画面は1つである…)。そして、その1つ1つを覆せないか検討する。

たとえば、ボタンがやたら少ない or 多い携帯。プラスチック以外の素材でできている携帯。画面がゼロまたは2つ以上ある携帯…などなど。


また、前述の丸いハンカチは「四角い」というハンカチの前提を覆したものだ。

もしかしたらハンカチの「布でできている」という前提も覆せるかも知れない。「木でできたハンカチ」「金属でできたハンカチ」が登場する可能性だってあると思う。技術的にはまだ困難かも知れないけれど、「できるわけない」と決めつけてはいけない。前回の「神話」の話のように、覆る定説なんていくらでもあるのだ。


また、こうしてみると、アサンプション・スマッシングは新製品のアイディア出しにおいて相性が良さそうだけれど、こちらのサイトでは、「病院の暗い雰囲気の改善」に取り組んだ例を紹介しており、問題解決においても活用できることを示している。

ご参考にどうぞ。
http://d.hatena.ne.jp/starocker/20071002/p2

「崩壊する神話」


TVのニュースや雑誌の記事などで、よく「○○神話の崩壊」という言葉が躍ることがある。

この文脈において「神話」とは、もちろんゼウスとかアポロンとかイザナギといった本物の神様の話ではなくて、「絶対不変のもの」といった意味合いを持って使われている。

たとえば1990年代の「土地神話の崩壊」は、「土地は常に値上がりするのが当たりまえ」「土地は財産」という考え方がすでに当てはまらない時代が来たことを示した。

また、かつて日本の治安の良さは世界一と言われてきたけれど、オウム事件などの衝撃的な事件が続くようになり「安全神話」は崩壊した。

そういえば「水と安全はタダ」という言葉もあったけれど、今はペットボトルの水が当たり前のように売られている。

また、「大企業に入れば一生安泰」という神話は、山一證券の倒産により否定された。


神話の崩壊」でググると、結構な数の「神話」が出てくる。中には「それって、そもそも神話だったっけ?」と思うようなものもあるけれど、ここ数年、これだけ多くの神話が崩れてきているということに改めて驚かされる。


※ご参考までに、近い話。ここにも「神話」がいくつか挙がっている。
「こわれてしまったかな?」と思う幻想リスト(ニューロサイエンスとマーケティングの間)



では、次に崩壊する「神話」って、なんだろうか?

そもそも今、「神話」とされているものには、どのようなものがあるだろうか?




「次に崩壊するのは_____神話です」
(↑埋めてみてください)


こうやって考えることは、「チャンス」と「リスク」という2つの面から有益だと思う。まず、安全神話が崩壊してセキュリティビジネスが隆盛したように、神話が崩壊するとき、そこにはビジネスチャンスがある。

また、自分のやっているビジネスにおいて、前提となっている神話がなにかしらあるとすれば、そこには何らかのリスク対策をしておくことができる。ダイエーの繁栄が「土地神話」という前提に立っていて、その前提が崩壊したことでダイエーも破綻してしまったように。


(もっとも、「神話」は、それが崩壊するまで「神話」だったと気づかないことも多いのだけど…)


先日のペパセミでは「ゼロベース思考」を採り上げた。超乱暴にまとめると「思い込みや常識、固定概念に囚われない発想」のことを指す(2次試験にも結構求められる気がするので、受験生の方にもなんらかの形で教えられたらいいなと思っているのだけど)

ほとんどの「神話」も思い込みの産物なのではないかと思う。「絶対不変」と思い込まれていた前提も、時間の経過とともにいつか崩れる日はやってくるのだ。



…というわけで、ペパセミの内容に絡めた話を書いてみました。こんな感じで、受講者の方の理解のさらなる深化や定着化を目的として、ときどきはセミナー絡みの内容を書いていこうと思います(もちろん、参加されていない読者の方でもお読みいただけるように配慮しつつ)。


semi
当日の記念撮影。顔が分からない程度に小さく載せさせていただきます。
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