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「誰も見ていないところ」で自律できることがプロフェッショナルの条件


TCMという塾を運営して、受験指導やコンサルタントとしての思考術のみならず、「プロフェッショナリズム」の習得を目指してきました。

プロフェッショナルの定義はさまざまにあってよいと思っています(たとえばTwitterの「ザ・プロフェッショナル」のアカウントでは、さまざまなプロフェッショナル達の定義が紹介されています)。

https://twitter.com/ProfessionalBot

プロフェッショナルのあり方には「唯一の正解」があるものではなく、各自なりに定義や行動規範を定め、それを目指していけばよいと考えています。


ただ、最近は「自律」というキーワードが、頭の中に浮かんでいます。

自律とは自らを律すること。自分をコントロールすることです。「自分をコントロールする」というのは、言い換えれば「誰も見ていないところで正しく動ける」ことです。

人が見ている前で(仕事、勉強などを)がんばることはそれほど難しくありません。あるいは人に指示されてがんばるのはそれほど難しくありません。

難しいのは「誰も見ていない」「誰にも指示されていない」「誰にも責められない」状況で、易きに流れずにいられるかどうかです。


たとえば皆さんがある中学校の校長先生だったとします。

そこでいじめが原因らしき自殺事件が起きました。本来であれば原因究明や遺族への誠実な対応などに迅速に取り組むのが理想ですが、もし組織構造上、「隠蔽してもなんとかごまかせる」状況であったらどうでしょうか。

もう数年無事にやり過ごせば巨額の退職金がもらえるという誘惑がある中で「自分はごまかしたりはしない」と言い切れるでしょうか。

(ちなみに、数年前までであれば実際に隠蔽しごまかせる状況にあったのではないかと想像しています。ところが今回の大津市の件はネットの普及があって、第三者による加害者特定も進むようになった。そして、彼らはその変化に気づいていなかったのだと思われます)

プロフェッショナル=自律という意味において、今回の大津市の件は、教師や教育委員会のプロフェッショナリズムの欠如によって起きたと僕は捉えています。隠蔽してごまかせると考えたから、自律することなくごまかしてしまった。そしてそこにネット上の変化が合わさって今回のような大騒動になってしまったのではないでしょうか。


他の例を挙げます。

「試験に合格するために勉強しなければならない。でもオリンピックでサッカーをやっている。他のみんなも見ているだろうし、ちょっと勉強が遅れているけど、観ちゃってもどうせ誰にも責められるわけじゃないし」

こういう状況で自分をコントロールして机に向かえる。それが「自律」ということです。

まあ、なんでもかんでも我慢する必要もありません(自分もなでしこの決勝戦くらいは見ました)。ですが、仕事や学習に必要な最低限のラインは維持していただきたいわけです。


コンサルタントは、社長さんや現場に厳しいことをお願いしなければならない場面があります。時代の変化を乗り切るために新しいやり方をがんばって身につけなければならない。今までのやり方で続けた方がラクだけれども、ここはグッと耐えてもらわなければならない。

そういう場面においては、その診断士自身がどれだけ「自律」してきたか、「易きに流れても誰にも責められない状況」においていかに踏ん張ってきたか。それが説得力を左右すると思うのです。

易きに流れてばっかりだった人が、迫力をもって社長さんを説得できるとは思えません。今、目の前でやっている勉強や仕事に対する「自律」は、将来こういうコンサルの実務に活きてくるのだと考えます。




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