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「既成概念を疑う」とは「フォーマットを疑う」こと


「既成概念を疑え!」とはよく言われることですが、これは具体的にはどういうことでしょうか。

たとえば会社の上司にそんなお説教をされても、どうすればいいか困ってしまいますね。「よし、これからは既成概念を疑うように意識しよう!」と心に念じても、何も変わらないと思います( ̄∀ ̄)


「既成概念」は世の中のさまざまなところに転がっていますが、僕は「フォーマット」と言い換えると、その一部は理解できるのではないかと考えます。

「フォーマット」というのは「構成」とか「様式」みたいな意味です。たとえば「社内で使う企画書」のフォーマットであれば、最初に表紙があって、目次、要約と続いて…みたいな構成のことを指します(パワポのデザインテンプレートのような意味合いで使うこともありますが、ここでは対象外とします)。

あるいは「結婚式の披露宴」にも基本のフォーマットがあります。最初に新郎新婦入場があって、新郎新婦紹介があって、ケーキ入刀があって、余興があって…という流れです。どんなケーキにするかとか、どんな余興をやるかといった内容や順番については当然個人差がありますが、おおよその流れでは共通しています。

このように「内容には個人差があるものの大枠では共通している部分」、それが「フォーマット」です。

こういったフォーマットに則ることにメリットがないわけではありません。たとえば企画書であれば、構成を共通化していたほうが管理や比較がしやすくなります。また、披露宴などはある程度「お約束」に従ったほうが違和感なく無難に進められます。また、構成をゼロから考えるよりも手間が省けて効率的です。

しかし、ビジネスの世界において「柔軟な発想をしたい」と願うのであれば、こういった「フォーマット」に着目してみるべきだと考えています。


手前味噌ですが、TCM(The Consulting Mind)の事例。受験指導を行っている学校は複数あり、それぞれ優れたカリキュラムや講師陣を擁していますが、

「科目別の講義⇒本番を想定した答練、模試」

というフォーマットは概ね共通しています(最近はディスカッションを採り入れるなど変化もありますが)。

本番の試験をイメージできるように、それに即した形で答練をやるというのは当然に必要なことです。しかし、その量を増やせば増やすほど、今度は問題を解く過程で必要なスキルを分解し、集中して鍛えるといったことができなくなります。サッカーに例えるなら、練習試合ばかりやって基本のドリブルやシュートの反復練習がおそろかになるようなものです。

だから僕は「本番に即した演習」を捨て、代わりに「因果で考える」などの個別のスキルに絞って集中的に反復して鍛えるトレーニングを入れています。その結果、既存の受験指導のフォーマットとは異なるカリキュラムができあがったわけです。

(念のためですが、TCMがよくて他校がよくないと言いたいのではありません。TCMのやり方だけでは今度は「本番に即した演習」ができないので、もしそれが必要であれば別途模試を受けに行くなどする必要があります。要は棲み分けを図っているということです)


世の中「フォーマット」だらけです。「会社」のフォーマット、「社員研修」のフォーマット、「家電の説明書のフォーマット」、「デート」のフォーマット…。それらは経験則で次第に洗練されたものができあがっていった結果でもあるのですが、一方でそれに慣れすぎると新しいものを生み出したり、変化するニーズに対応したりすることができなくなります。

自分が「これは目新しい」と思ったものの多くは、フォーマットの構成要素のどこかが斬新か、あるいは既成のフォーマットを巧みに崩してているものが多い気がします。

企画書や披露宴に限らず、さまざまな事象に対し、その具体的な内容にのみ着目するのではなく、それらに共通化しているフォーマットを見抜く。

見抜いたら、それをイジったらどうなるかを考えてみる(消してみる、並び替えてみる…ECRSみたいですね)。あるいはゼロベースで「本来あるべきフォーマットとは?」と考えてみる。

それが「柔軟な発想」を生むと考えています。


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