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生産事例・模擬試験問題


【概要】

C協会は、1954年に設立された公益法人であり、ある国家資格の保有者が加入する団体である。

毎年、8月に一次試験(7科目)、および10月に二次試験(4科目)が開催されており、C協会では10名前後の基本委員および30名前後の出題委員がこの試験問題を「生産」している。


【生産上の課題】

C協会では今、品質上の問題が起きている。

すなわち、一次試験において毎年のように出題ミスが発生しており、正答のない問題や正答が複数考えられる問題、あるいは出典が誤った出題などが見受けられ、試験本番さなかの受験生や、試験終了後に自己採点する受験生を混乱させているという問題である。

出題ミスはすでに4年連続で起きている。5年前(平成19年)は幸いミスがなかったが、平成18、17年にも出題ミスは起きており、もし今年度も起きれば直近8年間のうち実に7回の試験に出題ミスが起きたことになる。

中小企業の製造品質を向上させたり、ミスを防止する策を考え提案することが、この資格を有する者の仕事の1つである。その有資格者らを統括する団体自身が、たびたび品質トラブルを起こしてしまっているのは皮肉な状況である。支援先である中小企業に対する説得力を失わないためにも、そして、国家試験に対する信頼を失わないためにも、この問題に対しては喫緊の対応が求められている。

他の製造業と同様、ミスそのものは避けることができない。百問単位の膨大な設問(そしてそれぞれに対する複数の選択肢も用意せねばならない)を作成すれば、そのうち1つや2つはどうしても「欠陥品」が出てくる。

したがって、根本的な問題は、そういったミスを見過ごしてしまう品質チェック機構や、毎年「再発防止に万全を期する」とホームページ上でお詫びコメントを出しているにもかかわらず、いっこうに具体策を講じられていない管理体制にあると類推される。

C協会は、どうすれば出題ミスの再発を防ぐことができるか、あるべき体制やオペレーションについて、中小企業診断士であるあなたに助言を求めてきた。


※この事例はフィクションであり、登場する団体などの名称はすべて架空のものです。


「意識の高さ」を褒められることに喜びを感じ始めると人は狼少年になっていく。


人間には「承認欲求」があります。ほめられたり認められたりして嬉しくない人はいないでしょう。

そして、その「ほめる」の対象は大きく下記のように分けられます。

(1)意識
(2)行動
(3)成果

例示します。

(1)意識の例:「トップセールスマンに、俺はなる!」と周囲に宣言して、その意識や向上心の高さをほめられる。

(2)行動の例:トップセールスマンになるために勉強するなど具体的なアクションをしていることをほめられる。

(3)成果の例:実際に成績が上がったり、トップセールスマンになったことをほめられる。


言うまでもなく、後に行けば行くほどその達成は難しくなっていきます。新しいチャレンジをしようという意識を持ったり宣言したりするだけなら誰でもできますが、それを実際に行動に移したり、成果につなげるとなるとだんだんその人口は減っていきます。

twitterなどで(1)の意識の高さをアピールされている方を見かけることがあります。たとえば「トップセールスマンになってやる!」などとつぶやいて周囲から「えらいね!」「向上心あるね!」「がんばってね!」と賞賛されている。

もちろん、それが行動や成果にシフトしていけば何も問題ありません。また、「所信表明」することで情報や支援が集まってくることもありますので、不言実行がベストだと言うつもりもありません(たとえば「○年後に独立します!」と宣言すれば独立についてのノウハウを教えてくれる方が出てくるでしょう)。

ただし、そこでほめられることに喜びを見出してしまうのは危険です。具体的な行動や成果に移さずとも承認欲求を満たせてしまうのですから、こんなラクなことはないでしょう。そうして、ごくまれにですが「所信表明」だけを繰り返すオオカミ少年が誕生します。

「で、実際にいつやるの?」「お前、所信表明ばっかりで全然行動がないよな」とツッコんでくれる方が周囲にいるなら、その過ちにいつか気づけるかも知れません。

しかし、多くの人は違和感を持ちながらも人間関係にわざわざ波風を立てたくないと考え、かくしてオオカミ少年はオオカミ少年でありつづけるのです(本当にその相手のことを思うのなら言ってあげるのが好ましいのですが…)。

というわけで、自分がほめられた、と感じたときには「いったいどのステップをほめられているのか」を分析すべきと考えます。意識の高さをアピールして褒められることに中毒性を感じていないか、振り返ってみることをオススメいたします(「成果」の出る出ないには個人差がありますが、少なくとも「行動」は誰でも起こせるわけで…)。




学ぶべきは「人」のこと


僕が普段読んでいる本のうち、比重が大きいのが「人」とか「心理」とか「コミュニケーション」といった分野です。もともとそのへんに興味を持っていたからというのもありますが、経営の仕事をするうえでは「人」のことをよく知らなければならないと、強く思うからでもあります。


詳しくは省きますが、先日の経営革新の研究会では「人」が引き起こした失敗事例について学びました。きちんとやりさえすれば立て直せる可能性もあったのですが、結局「人」でダメになってしまいました。

また、今年初めに「おせち事件」が起きました。普通に考えればクレームの嵐になることは火を見るよりも明らかであるはずだったのですが、それを避けられなかったのも当事者の心の作用の問題であったと考えます。彼らを批判することは簡単であり、グルーポンというシステム上の問題も見直すべきですが、それだけでなく、彼らに合理的な行動をとれなくさせた心の「理(ことわり)」についても観察する必要があると考えます。


水口氏:完全に力不足です。商品が本来あるべき形にならないと分かった時点でキャンセルすべきでした。しかし、浮足立ってしまった事もあり現在の形で販売してしまいました。

グルーポンまるで残飯なおせちの外食文化研究所水口社長にインタビューしてみました〜「ネットのお話」 より



予想以上の売上に舞い上がってしまい正常な判断ができなくなってしまったとのことですが、似たようなことは他でも起こりえますね。たとえば診断士試験の合格に舞い上がってしまい、正常な判断ができなくなってしまう。合格発表を境に急に自分が偉くなったと勘違いして上から目線で語り出す。空気の読めない発言を繰り返す。そして人が離れていく。

残念ながら毎年2人くらいは見かけるケースです。よく「貧すれば鈍する」(≒追い詰められると考えも浅くなる)といいますが、逆に成功しても鈍してしまうことはあるようです。
(そういえば高額宝くじが当選したものの、うまく使いこなせずに逆に不幸になったというニュースもたまに見かけますね)


僕は仕事で「論理的思考」をときどき教えていますが、その一方で、合理的な判断を阻害する「人の心」にも非常に興味があります。理屈が通じないとき、(その理屈が間違っているのでなければ)そこには人の問題が潜むことが多いと思うからです。

「人」の世界は深く、学ぶべきことが多くあると思います。診断士試験でも少しは扱いますが、全然全然足りないと思われます。数年前であれば「助言理論」といった出題領域もありましたが、それも消えてしまいました。

(一方で、2次試験でモチベーション関連の出題が結構されてますね。どんなことをしたら人はやる気を出すのか・なくすのか。このあたりも、いかに人の心を掘り下げて洞察できるか、だと思っています)。


ビジネスは「人が立ち上げ、人が動かし、人が売り、人が買うもの」である以上、人間に対する理解が不可欠であると考えます。それが、僕がこういった本を読む理由なのであります。


P.S.(1) ちなみに、僕が最近読んだ本の中でヒットだったのは「自分の小さな箱から脱出する方法」です。今回は詳細を省きますが、自分を正当化する、ということについて非常〜に耳に痛くなる指摘がされています。人間関係の改善にかなり効きます。

P.S.(2) 人の心の機微を学ぶ上では、心理学などの本だけでなく、tiaramadoka女王の書かれているように、小説を読むのも一手ですね。


「決意表明」を褒めてもらうのは麻薬に等しい


人が何かものごとを達成するときは、だいたい下のようなプロセスを踏むと思います。


〃莪嬋縮

努力

C成


例えば「リーダーシップの習得」を例に挙げると、なにかのきっかけで

 屮蝓璽澄璽轡奪廚鮨箸砲弔韻燭ぁ」と思うようになり、
⊆存修里燭瓩療慘呂鯊海韻董
その結果リーダーシップを身につけてチームを上手く引っ張れるようになる、

といった流れです。

ここでテーマにしたいのは「褒める」という行為です。読者の皆様は、上記のような人を「褒める」としたら、´↓のどの時点を褒めていますでしょうか。


実際に何かを達成した方、つまりの状態の方を褒める、というのはごく自然な行為です。試験に合格したとか、営業成績でトップになったとか、そういう方を褒めるのは当然のことです。

また、△両態の方も評価に値するでしょう。まだ成果は出ていないまでも、具体的にチャレンジし、努力を続けている方は応援してあげたくなります。


問題は,任后「〜を身につけたい!」「〜を学びたい!」といった「決意表明」をするブログをよく見かけます。たしかにここからは向上心や意識の高さが感じられますし、それを評価するコメントなどもついていたりしますが、まだこの時点では具体的な行動には移していないわけです。

もちろん、そこから△筬につながっていけば何ら問題はないのですが、,涼奮で周囲から褒められることにヤミツキになってしまい、結局△帽圓ないまま何度も,魴り返し続けるというケースがときどき見受けられます。

実際に努力をせずとも褒めてもらえるわけですから、怠惰な人にとっては実に魅力的です。

向上心や意識の高さのアピールを繰り返すので、ブログからは前向き感や情熱が伝わってきて、その結果ある程度人も集まってくるのですが、実際にはなかなか行動に移さないので発展が見られない。これは「ブログ」というツールがもたらしている、ある意味負の側面であるとさえ思います。


とりあえず自分は、褒めていただくのであれば△筬で褒めてもらいたい。決意表明だけで褒めてもらってそれに満足してしまうことだけは避けるぞ、と決意表明(笑)するのであります。

精神論の、その先へ。


僕が奄美大島に行っていたときの話。

島にいる時に、都内のある方から携帯メールが入った。で、その日の夜に自分のノートPCを開いたら、同じメールが入っていて「もしかしたら携帯メールが届かないかも知れないので」こちらにも送りました、とのことだった。

うーん、ホスピタリティ(←最近僕がこの言葉を使うと一部の方から失笑が漏れるので困る@内輪ネタ)

こういうお気遣いは大変ありがたいことだと思うのです。


(以下、ホスピタリティについての話を書きますが、僕はあまりそのテーマに関連した本を読んでいるわけではありません。もしとっくに同じようなことを書いている書籍などがありましたらすみません。聞き流してください)


こういう出来事があって気づく。ホスピタリティの本質は「想像力」にあるんじゃないだろうかと。いや、「想像力」という言葉では広すぎるので、もう少し具体的に言うと「複数のシナリオ分岐を想像できる力」かな。


上記の例では、「送ったメールがちゃんと届く」いうシナリオが、基本的にはある。だけど、それは言ってみればあくまでシナリオの1つであり、それとは別に「(本州から離れた島なので、なんらかの原因で)メールが届かない」というシナリオに分岐する可能性も考えられなくはない。

そのことに気づいた人は「PCにもメールを送る」という、保険的行動がとれる。

ただし、気づいていても「ま、届いてるでしょ〜」との希望的観測を基にあえて行動をとらない人もいる。これについてはケースバイケースであり、もし些細な内容であれば行動をとるほうがかえって非効率になることもあるだろうし、逆にもし重要な内容であれば行動をとらないことがハイリスクになる。


いずれにしても、「もし…だったら?」という、複数のオプショナルなシナリオにまず気づけるかどうか。それが「ホスピタリティ」の1つの(あくまで1つのですが)本質なのではないかと思う。


また、そういうふうに考えていくと、ホスピタリティスキルを高めるためのトレーニング方法というものが、おぼろげながら見えてくるんじゃないかという気がする。

ホスピタリティの実践には高い柔軟性が求められ、したがってマニュアル通りにすれば誰でもできるという類のものではない。しかし、「マニュアル化」は困難でも、「ドリル化」、つまり繰り返しトレーニングをすることでホスピタリティスキルを高めるような教育はできるのではないかと思う。

たとえば、今回の携帯メールの例のようなシチュエーションを想定して、そこからどのようなシナリオ分岐の可能性があるのかを想像してもらう。そういったことを何回も繰り返していったら、想像力はだいぶ磨かれ、複数のシナリオを見据えてのプロアクティブな顧客対応がとれるようになっていくのではないだろうか。


僕は最近「精神論の、その先へ」という言葉をキーワードにしている。

世の中には精神論で片付けられてしまっているものが結構ある。そこで、それらをなんとか因数分解していき、より多くの人との共有財産にすることができないかということを、最近は模索している。

ホスピタリティ論もその1つ。「ホスピタリティは心だ」みたいな主張は思考停止であり、そこに付加価値はない。「心」とか「思いやり」とかが起点にあるべきことは確かなのだけれど、そこで終わってしまっては発展がない。

「心だ」と言ってしまっては、サービス品質の良し悪しが各個人の力量に依存することになってしまう。そうなると、たとえば「100人の学生アルバイトにホスピタリティを持たせる仕組みとは?」といったテーマを考えることができない。たとえば「人材の採用力の弱い中小企業が、それでも高いホスピタリティ接客を提供できる組織に変貌するためには?」といった、とてもニーズのあるテーマに取り組んでいくことができない。

その点で、今回いただいた携帯メールとPCメールからは、とても大きなヒントをいただいた。「ホスピタリティをどう磨くか」という問題設定では話が大きすぎてツカミドコロがないけれど、「複数のシナリオ分岐を想像できる力をどう磨くか」というのであればもう少し手をつけやすいのではないか。そういう着想を得ることができたと思う。


蛇足ですが、「複数のシナリオ分岐を思い描ける力」というのは(接客以外の)仕事とか診断士試験とかにおいても有用なスキルであると思います。その辺を具体的に書くとまた長文になるので今回は割愛いたしますが…。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


奄美と言えば、NANAさんもブログに書かれているとおり、屋宮さんとNANAさんと3人で会食。お2人は中小企業の税務とや政策といった具体的な実務に精通しており、特にそのあたりの話は熱く盛り上がりました。お2人を引き合わせるまではドキドキでしたが( ̄ー ̄)、素晴らしい出会いになったようで本当によかったです。

南の島のたったひとりの会計士


ちなみに、途中で診断士試験の話になったところで「なるほど〜」と思えるノウハウを屋宮さんから伺ったので、後日「必見! 南の島の会計士が5ヶ月でストレート合格した診断士学習術!」と称してエントリーを書いてみたいと思うのであります。乞うご期待〜。

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