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悲しみのフレームワーク


大病の宣告や愛する人との死別など、大きな悲しみを受けた際に人々が通過する過程を5段階で表現した人がいます。ドイツの精神科医エリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容のプロセス」です。

この「悲しみのフレームワーク」は以下のように構成されています。


(1) 拒否
 ⇒たとえば命にかかわる大病を宣告されたとして「なにかの間違いだ」「そんなはずはない」と疑う状態

(2) 怒り
 ⇒なぜ自分がそんな目にあうかと、怒りをあちこちにぶつける状態

(3) 取引
 ⇒その病気を治す方法は本当にないのかと、藁にもすがるように模索する状態

(4) 抑うつ
 ⇒方法がないことが分かり、落ち込む状態

(5) 受容
 ⇒死ぬことを受け入れ、向き合い、歩み出せる状態


もちろん、それぞれの長さは悲しみの度合いや個人によって差があります(また、ロスによれば必ずしもこの段階を経るとは限らないそうです)。

ここ最近で該当するのは、やはり診断士試験ですね。年1回の一発勝負ですし、採点基準も不透明なだけに、納得感ややり場のない辛さに直面している方が約4000人いることになります。



上記モデルを当てはめると以下のような感じでしょうか。


(1) 拒否
 ⇒合格できなかったことが「なにかの間違いだ」と受け入れられない状態

(2) 怒り
 ⇒採点基準がおかしいんじゃないかと出題者を批判したり、自分で自分の能力不足を責める状態

(3) 取引
 ⇒なんとかこの不合格を覆すことができないかと藻掻(もが)く状態。もちろんそんな方法はないのですが…

(4) 抑うつ
 ⇒どうあがいてもこの結果は覆らないと分かり、落ち込む状態

(5) 受容
 ⇒結果を受け入れ、(多少)前向きに次に向かって動き出せる状態


ここでこのモデルを紹介したのは、これを知っておくことでいくらか自分を客観視することができ、その結果多少は気持ちを落ち着かせることができるのではないかと考えたからです。

「ああ、自分は今『交渉』のステージにいるんだな」とか「『抑うつ』のステージに移ってだいぶ経ったな。そろそろ『受容』の瞬間がやってくるのかもしれないな」というふうに。出口の見えない、大きな悲しみの塊に使った状態から、少しは離れることができるのではないかと考えます。

今は「拒否」でも「怒り」のステージにいても構わないと思います。今回選ばれなかった4000名の皆様が、やがて「受容」し、次に向かって歩き出せますように。

本番強さを得るには「小さな本番」を重ねること


「○○さんはここ一番に強いタイプ」といった表現があるように、「本番強さ」は持って生まれた性格や特質のように、しばしば受け止められています。

しかし、何事も経験や訓練を積み重ねて強くなっていくのと同様、「本番強さ」も反復練習によって培っていくものだと考えます。

中谷彰宏氏の「だからあの人のメンタルは強い。」では

「1日1回の本番を作れ」

語られています。これは毎日なにかしらの資格試験を受けたり試合に出たりしなさい、という意味ではもちろんなく、「自分なりの小さな本番を設定する」ということなのだと思います。

たとえば大舞台のプレゼンでなくても、ちょっとした上司への提案であっても、本気で準備して通そうと思えばそれは「本番」になります。

キーワードは「本気の準備」。そこが分岐点となります。東大の入試も、本気で準備してきたらそれは「本番」になりますし、そうでなければ単なる「記念受験」になります。



仕事上のちょっとした改善提案でも、週末のちょっとした合コンでも、本気で準備して本気で臨めば緊張するし、成功すれば喜びも大きいし、失敗すれば悔しさも大きい。

それは日々を漫然と生きるよりもきっと疲れるはずです。ですが、今後そういった「小さな本番」を少しでも多く積み重ねていくことで、1年後の(診断士)試験本番における強さを得られるのではないかと考えています。

逆に、こういった積み重ねをすることなく、試験当日だけ上手く行きますようにと願うのは無理な話なのかもしれません。

「弱音を吐いていいんだよ」


「弱音を吐いていいんだよ」という書籍があります。子育て系の本ですが、大人のコミュニケーション全般に参考になる本だと思います。

今回は、その中の一部を紹介します。


子育て、部活動、会社…さまざまな場面で「弱音を吐くな!」と叱咤するシーンが見受けられます。そして、我々は「辛くなんかない」と思い込むことで乗り越えようとします。

しかし、それは本当に正しいあり方なのでしょうか。本書では「弱音を吐かないこと」のデメリットが挙げられています。


1. マイナスの感情を抑えこもうとして、それができなかった場合に、その辛さは大きな反動となって子供の心に襲いかかってしまう

2. 抑えこむことに成功しても、表情や感情が失われ、他のものごとに対しても無関心、無感情な子供になってしまう

3. 感情を抑えこむことが習慣化し、痛みに鈍感になることで、「他人の痛み」をも感じられなくなってしまう


上記は子供だけでなく大人にも当てはまることだと思います。

たとえば「失恋」の痛み。過度に自分を責める必要もありませんが、「相手に見る目が無かったんだ」などと抑えこもうとすればするほど、逆に辛さがつのるというご経験は多くの方があるのではないかと思います。

「パワハラ」や「DV」も同じかも知れません。肉体的・精神的な暴力が繰り返されるうちに自分の中で感情を凍結させてしまい、なにも感じなくなるように自分を変えてしまう(もちろん、無意識にはストレスを貯め込んでいるわけですが)。周囲から見れば「なぜ逃げないんだ」としか思えない状況ですが、感情をマヒさせることで無痛覚になっているのだと思います。


また、僕は頭痛になることがよくあります。そして、頭痛になったときに、それをムリヤリ無視しようとしたり押さえこもうとしたりすると、かえって痛みが強くなったり長引いたりします。逆に、痛みをそのまま受け止めていると、少しずつ和らいでいくことがあります。


同じ著者の別の本では「愛する存在の死に対して、悲しみに浸りきる(そして、日常に戻っていくための)期間」として、たとえば初七日とか四十九日といった習慣が設定されていると述べられています。

そのように、狭く、深く、浸りきるほうが、かえってその悲しみを受け止められ、自分の中でより早く消化できるのではないかということです。


1次試験の(自己採点段階での)結果が出たタイミングということでこの本を紹介してみました。正式の結果発表はまだ先ですが、残念な結果が確定してしまった方は、おしよせてくる「負の感情」とどのようにつきあうのか、ご参考いただければと思います。

現代はtwitterやfacebookがありますから、個人がより人から「見られる」時代になりました。人の目があれば「落ち込んでなんかない」と強がってしまうのは当然のことです。ですが、それをそのまま抑えこまないことが大切だと思います。


悲しみに向き合う勇気を。


ネガティブな感情を、ありのままに受け止め、客観視する


少し昔のものですが、こんな記事がありました。プレッシャーのある状況下において、不安に思っていることを試験前に書き出した人のほうがよい成績が出た、というものです。


試験前に不安を書けば、成績上がります 米シカゴ大研究
http://www.asahi.com/science/update/0117/TKY201101170182.html


信じる信じないは皆さんのご判断にお任せしたいと思いますが、僕はこの記事を読んで岸英光さんという方の著書(文末参照)のことを思い出しました。

著書では「クリアリング」というテクニックが紹介されています。上記の記事と同様で、心の中に無意識にある引っかかりを、意識下に落とし込むことでクリアーにする、というものです。

たとえば、僕は頭痛持ちで時々痛みますが、それを無理に無視しようと思っても逆に辛くなってきます。しかし、それを「ありのままに受け止め」ているほうが、実はラクになってくるのは早いのです。そして、心や感情の問題においても、それを同じことが起きるのだそうです。


診断士試験の本番などで不安に感じたときには、ぜひ試してみてください。ただし、この「クリアリング」は基本的に回数を積むことで感覚が分かっていくスキルだと思いますので、当日までにできるだけ繰り返してみることをオススメします。


この方の著書は複数持っているのですが、ここではあえて毛色の変わったものを紹介しておきます。ビジネス書以外にも子育て系の本も書かれていますが、上司と部下の関係などに置き換えても通じる内容となっています。

「事例マシーン」になる方法


TACのE先生は「2次試験は『作業』だ!」と喝破されました。

そういえばtiaramadoka女王も「事例マシーン」という言葉を使っていました。2次試験の学習は、言ってみれば作業手順を積み重ねた何千行ものプログラムを完成させるようなイメージなのかもしれません。





では、どうしたら本番で「作業」に徹することができるのでしょうか。事例マシーンになりきることができるのでしょうか。

それは、「日頃からマシーンになりきること」だと思います。よく「練習でできないことが本番でできるはずがない」と言われますが、同様に日頃の意識なくして本番でだけマシーン化しようするのも難しいと思います。


人から聞いた話ですが、スポーツでハイレベルな成果を出す人ほど「淡々と」(この言葉も女王の記事にありましたね)しているのだそうです。

プレーが終わるごとに「今のは○○の▲▲が足りなかったから、次はこうやって直そう」と仲間と話しあって次のプレーに取り組みます。そこには「感情の揺れ」はありません。つまり、たとえば「うわー、失敗したー!俺はなんてダメなやつなんだー!」と凹んだりそれを引きずったりはしないということです。

仕事でも事例演習でも、失敗すれば誰しも自己嫌悪に陥ってしまいますが、ダメな自分に必要以上に酔わずに「淡々と」次のプレーに進んでいける状態が理想なのだと思います。

僕も、最初のころは返ってくる採点結果に打ちのめされ自己嫌悪に陥るような人間でした。しかし、ある瞬間、「自己嫌悪に陥っていても何も得られるものはない」という(考えてみれば当たり前の)ことに気づき、それからは少しずつ「淡々モード」になっていったと思います。
(凹んでいる時間を減らし、学習に向かう時間を増やす。それも一種のタイムマネジメントではないでしょうか)


人と向きあうときは「血の通った人間」でよいのですが、普段の仕事や演習問題(の結果)と向きあうときは「作業マシーン」になりきる。淡々と改善する。そう意識していくことで、本番でも使える「マシーン化スキル」が身につくのではないかと考えます。

今回の内容は、次の一言に集約されるかもしれません。


「私は失敗はしていない。これではうまくいかないという発見を1万回したのだ。」(エジソン)


「失敗」を「発見」と捉え、淡々と改善していけるようになったら、成長の速度は大きく上を向くと思います。


落ち込むようなことがあったときの5つのヒント


落ち込むようなことがあったときにどう考えればよいか。精神論ではなく、テクニック面に徹して話をしたいと思います。

別に僕は心の専門家でもなんでもないのですが、自分が落ち込んだときにこうやっている、考えているというものです。なんらかのヒントになれば幸いです。


1. 今できることを考える
 ⇒こちらの記事をご参照ください。ゴジラ松井の「不動心」。僕の人生を変えた言葉だと思います。それまで、辛いことがあったときには立ち止まったままのことが多かったのですが、これを読んでから、少しずつ「今やれることは?」と自問自答するように努めてきました。


2. 新しいことにチャレンジする
 ⇒こちらの記事をご参照ください。今、僕は新しい塾の企画をしていますが、新しい世界に飛び込むことは常にワクワクさせてくれます。ショックを受けた直後になかなか動き出せないとは思いますが、結局「新しい行動を起こすこと」が最大の癒しになるのかも知れません。


3. 受け止める
 ⇒自分の経験ですが、頭痛になったときなど、「治まれ!治まれ!」と思っていると逆に辛くなります。いったん受け入れてしまったほうがかえって長引かなかったりします。
辛い気持ちのときも同じで、「辛くない!辛くない!」と無理に無視したり跳ね返そうとしたりするとかえって辛かったりします。そのまま受け止めた方がいいのかも知れません。飛んできた球を手で打ち返すと、カウンターパンチになるぶん手が痛くなるのと同じことだと思います。


4. 書き出す
 ⇒辛いことがあったときには、「なぜ辛いのか」を思うまま書き出してみます。「また1年勉強しなければならないから」とか、「お世話になった○○さんに顔向けできないから」とか「ライバルに負けて悔しいから」とか「社内で受験宣言したのに恥ずかしいから」などなど。
漠然とした「得体の知れない辛さ」に苛まれるよりも、それを分解してリストアップしてあげて、1つ1つの痛さを向き合うと、案外心が軽くなることがあります。


5. ニューヨーク州立大学病院の壁に書き残された詩
 ⇒twitterでも紹介しましたが、こちらを。


 大きな事を成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに
 謙虚を学ぶようにと弱さを授かった

 より偉大なことができるようにと健康を求めたのに
 より良きことができるようにと病弱をあたえられた

 幸せになろうとして富を求めたのに
 賢明であるようにと貧困を授かった

 世の人の称賛を得ようとして成功を求めたのに
 得意にならないようにと失敗を授かった

 求めた物は一つとして与えられなかったが
 願いはすべて聞き届けられた
 神の意に添わぬ物であるにかかわらず
 心の中で言い表せないものは全て叶えられた
 私はあらゆる人の中で
 最も豊かに祝福されていたのだ


試験に限らず、幸福を感じられていない方にとってはある種の救いに、幸福を感じられている方にとっては「謙虚であること」を思い出させてくれる詩ではないかと思います。


5つ紹介してみましたが、これだけ挙がるということは、それだけ僕が「心の弱さ」と立ち向かってきた証なのかも知れません(笑)。「心の弱さ・強さ」とはつかみ所のない、得体の知れないものですが、僕は上記に挙げたような方法で心が軽くなることがあります(その意味では「心の強さ」というものは努力で多少身につけられるものなのかも知れません)。


以上、ご参考になれば幸いです。

診断士試験に合格しないことのメリット


今回はやや変化球。しかもややスピリチュアル(?)です。


Rarejobで英会話の勉強を初めて半年。

毎月合計10数時間×6ヶ月のレッスンを続けてきただけあって、まだ流暢とは言えないものの、簡単な会話であればこなせるようになってきました。英語で話しかけられるたびにパニックになっていた自分にしてみれば、たいした進歩だと思います。

Rarejobが登場するまで自分は英語がなかなか上達しませんでした。リーディングはそれほど苦手ではないのですが、リスニングや会話については上達したいと強く願いつつも、苦手意識を持った状態が長年続いていました。


(心理学に詳しい)ある方から聞いた話ですが、「理想の状態を知りながらも、それが実現しない状態」というのは、無意識に「それが実現しないことのメリット」を享受しているのだそうです。

たとえば、英会話が上達したい人にとって「英会話が苦手」な状態は望ましくないわけですが、実は「英会話の苦手さをネタに会話を盛り上げられる」というメリットがあります。そういえばこれまで何度も、英会話での失敗談を自虐ネタに使ってきました。英会話が苦手なことでプラスになったことも、たしかにあったのです。

そういう便益に、知らず知らずのうちに引っ張られてしまうのだそうです。


他の例を当てはめてみます。

たとえば「恋人がほしいけどできない人」は、「恋人がいないことのメリット」に無意識に引っ張られている(可能性がある)ということです。「恋人がいないことのメリット」って、いろいろあると思います。たとえば「自分の時間が確保できる」とか「特定の相手がいない方がいろんな相手と遊べる」とか(笑)。


そして、ここは中小企業診断士ブログなので診断士試験を採り上げてみます。「診断士試験に合格しないことのメリット」というのはあるでしょうか?

一見、そんなものはないように思えます。ですが、こんなのはどうでしょうか。

合格後に、独立するかしないか悩む方が多くいます(もちろん最初から強く決心している方は別ですが)。その結果、独立したり社内に留まったりするわけですが、いずれにしても合格せずにいる限りは、そうやってウンウン悩む状態を避けられるわけです。

ちょっと複雑な心理ですが、これもメリットといえばメリットです。「合格したら独立するかしないか悩まなきゃな…」という意識が深層にある場合、合格しないことで無意識にそれを避けようとしている可能性があるわけです。

また、もし「資格を取ったら会社の人に妬まれそう」と感じている方であれば、「合格しない間は妬まれない」点がメリットになるかも知れません。


そういうふうに、じっくりと自己観察してみると「現状から変化しないでいることのメリット」というのは意外と見つかったりします。

現状が望ましくない状態であるにも関わらずそれを打破することができない場合、そんなふうに「隠れたメリット」に引っ張られている可能性があるのだそうです。

それを解決するには、まずそういった「隠れたメリット」を意識下に引っ張り出すことが必要となります。見えない敵とは戦えません。見えないところから自分を引っ張りこもうとする敵(隠れたメリット)を白日の下にさらして向き合い、その「現状から変化しないでいることのメリット」と「変化することのメリット」とを天秤にかける必要があります。

たとえば「恋人ができない」人の場合、「恋人がいることのメリット」と「いないことのメリット」を全て(本当に全て)洗い出し、「恋人がいないことのメリットを捨ててでも恋人が欲しいのか?」を決断することになります。そうやって覚悟を決め、心の迷いを取り払いっていきます(婚活コーチングw)


試験の合否という、ちょっとデリケートな話題を扱いましたので、もしお気に障る部分がありましたらご容赦ください。これは試験に限らず多くの分野に応用できる考え方だと思います。自分も、人生において壁を感じたときには「壁を越えないことのメリット」を無意識に選んでいる可能性があるのでは? などと自己観察するようにしています。

そうすることで、解決の糸口をつかもうとしているのです。

辛い気持ちを軽減する方法


…というのはいろいろあると思います。たとえば「辛い」という感情を感じる暇がなくなるくらいに忙しく働く、とか。

もっとも「厳しさや辛さから目を背けないでしっかりと受け止めるのがオトナだ」といった考え方もあると思いますが、今回は自分の体験に基づいて辛さを軽減する方法を書いてみたいと思います。


それは「新しい取組みや仕掛けをする」ということです。


2年ほど前、自分は「地獄」の真っ直中にいましたが(ネガティブなオーラを放ちたくなかったのでブログではほとんど書きませんでした)、会社の中である取組みを思いつき、それがもたらす結果を想像してとてもワクワクしました。

結局、その取組みは諸事情あって実現できなかったのですが、その興奮が、当時の自分の辛い気持ちをいくぶん軽くしてくれたことは覚えています。

また、これは自分から仕掛けたものではないのですが、「受験生最後の日」の執筆依頼をいただき、どういうふうに書こうかと構想を練ることがとても楽しみに感じられたことも、当時の自分の心を軽くしてくれました。


そんなふうに、いかに新しい取組みや仕掛けを見つけるか、だと思います。落ち込んだときは「何もしたくない」という気持ちになると思いますが、それを上回るくらいの企画を思いついたら、いくらか心は救われると思います。

仕事の中で新しいアイディアを実行してみる。新しい勉強方法を試してみる。新しいコミュニティを立ち上げてみる。

ちなみに自分にとっての今年は漢字一文字で表すと「初」でした。研究会とかフルマラソンとか、初モノの取組みをいくつかやることができたと思います。新しい領域に踏み込んでいく勇気や行動力が少し養われたと思います。

詳細を考えれば考えるほど居ても立っても居られなくなり思わず身体が動いてしまうようなアイディアを、ぜひ考えてみてください。


「高い壁は 乗り越えた時 あなたを守る砦となる」(詠み人知らず)

【2次直前】今、自分にできることは何か


前回に続き、2次試験直前ということで私の好きな言葉を。

ゴジラ松井選手の著書「不動心」から。


僕は困難に直面したとき「今、自分にできることは何か」と自問します。悔やみ、落ち込むしかないのでしょうか。そんなことはありません。きっと、前へ進める選択肢があるはずです。



組織事例で理解不能な設問が出たとき、財務事例でニュータイプの計算問題が出たとき。「ああ、もう1年やり直しか…」というネガティブな感情に支配されます。自分もそうでした。大学受験のときもでしたが、問題が解けずに「また来年」の言葉が頭の中をめぐり、足下から蟻の大群がぞわぞわと這い上がってくるかのような恐怖感は、今でも思い出せるくらい強烈なものです。


しかし、もしそういった「感情に揺さぶられる時間」を排除することができれば、結構なアドバンテージになるのかも知れません。驚く・悩む・落ち込む…。そういった時間は、きっと80分間のうちの数パーセントを占めていて、もしその数分を答案作成にあてることができれば、当落選上から一歩抜け出る大きな1点を生むことができるかも知れません。

普段の仕事でも、感情に揺さぶられる時間は意外とタイムロスを生んでいます(自分も今、仕事で微妙な状況ですが「今やれること」だけに専念するようにしています)。もっとも、感情を押し殺してばかりだといつか反動が来てしまうので適度なガス抜きは必要ですが、試験本番の80分×4事例だけは、極端に言えば「事例処理マシーン」になりきって、時間を作り出すべきだと思います。


特に危険なのは「悲劇のヒーロー」になって自分に酔ってしまうことではないでしょうか。「ふふっ、俺も所詮ここまでか…」(?)などとカッコよく自分に酔ったところで、合格には1ミリも近づきません。拙著「受験生最後の日」でも「驚く時間は、5秒まで。」と書きましたが、ピンチに陥ってもすぐに気持ちをカラッポにして、解答作成のためのアクションに動き出せることを「心の強さ」と呼ぶのではないかと思います。

一例を挙げると、自分は「絶望感」を感じたときにとるつもりのアクションをリストにしていました。それが「絶望君対策メソッド」です。これがあることで、苦しい本番でもネガティブな感情に引きずり込まれることなく、もがき続けられたと思います。


サプライズを引きずらない。

絶望感を引きずらない。

悲劇のヒーローにならない。

自分に酔わない。

事例処理マシーンになりきる。

「今、答案作成のためにできること」だけをロボットのように考え続ける。


意外と難しいことではありますが…試験開始の合図が聞こえる前に、思い出していただければ幸いです。

上達の実感


2月よりスポーツジムに入り、毎週水泳に行っている。最初はスタジオやマシンもやっていたが、今はもっぱらプール、しかも平泳ぎばかりやっている。

受験生のときもそうだったが、自分は1つのことに懲りだすと、とことん掘り下げていく。これまで平泳ぎは自己流だったのだが、この際、きちんと極めようとネットで平泳ぎの動画を探したり、平泳ぎのDVDを買って動きを研究したりしている。

そんなかいあってか、この2ヶ月間でいくばくかの上達が実感できた。最初はキックが全然進まず、ほぼ手だけで泳いでいたような感じだったが、最近は足の裏できちんと水を押している感覚がつかめている。より少ないストローク数で25メートルに到達できるようになっている。いつのまにか腕も太くなっている。

自己流を止めて正しい方法に修正すると、いったんレベルは落ちる。落ちて不安になる。けれど、その不安に耐えて継続していくことで、正しい方法で以前以上の成果が出せるようになる。


そんな体験を通して思う。仕事以外に「上達を実感できる」ものを持っておくことって、案外大切なのではないだろうか。すでにそういうものを持っている人にとっては「何をいまさら」な話かもしれないけれど。

これまで休日には、(仕事以外では)読書とか人と会うとか、あまり「上達」とは縁のないことをしていた。たぶん、わざわざ休日にまでそんなことをしなくてもという気持ちがあったのだと思う。

だけど、たとえば仕事のほうで壁にぶつかって自信をなくしかけたとする。そういうときに、仕事以外に上達の実感と喜びを持てるものを持っていることで、「自分はちゃんと成長できる」という感覚を取り戻して、自信につなげることができるのではないだろうか。

今度、1時間1万円くらいのプロのレッスンを受けることも検討している。せっかくやるなら、とことんその世界のことを知りたい。


昨日は、スプリングフォーラムに参加。アイリッシュパブにてhori兄と飲んで、公私の近況を語り合い、さまざまなアドバイスを受ける。まじめな話、hori兄は私のメンター的存在だと思う(またエロチェとか書かれてるけど…)。そして、ある研究会にすごーーーーく興味を惹かれている。めちゃくちゃやりたいんですよ、あれ。入りたいんだけど、平日なのがなあ…。


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