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【最後に無料セミナー告知アリ】「武器」を見つけることがモチベーション向上の秘訣

※最後にセミナーのご案内があります。

昨年末のこと。我が家も大掃除しないとなぁと思いつつ面倒くさいなぁとウダウダしておりました。

そのとき目に入ったのがこちらの記事。

【男性も必見】お風呂掃除の決定版!簡単で超ピッカピカにするコツ
http://rikon-isharyou-anshin.com/topics/cleaning-of-the-bath/

要は「重曹とクエン酸を使うとお風呂がピカピカになるよ」というものです。

これを読んで「なるほどそうなのか。やってみよう」と100均で重曹とクエン酸を買いお風呂掃除に取り組んでみました。そして、なるほどたしかに水アカなどが落ちるもんだなあと感心しました。




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このエピソードから言えること、それは、「よい方法が見つかると、モチベーションが上がる」ということです。「お風呂掃除面倒くさいなあ」と思っていたものが、掃除方法のアイディアを見つけたことで、「やってみよう」と行動に移すことができました。

仕事や勉強でも同じことが言えると思います。試してみたくなる武器、使ってみたくなる武器があるから、戦おうという気も起きるのではないでしょうか。マシンガンを持った相手に対してこちらが素手では、戦う気は起きません。

対等にマシンガンとまではいかなくても、せめて剣とかピストルとか、そういった武器が手に入って初めて「なんとかしてみよう」と考え始めるはずです。

仕事や勉強のモチベーションが上がらないという方は、そもそも使えそうな「武器」を持っているのかの内省が必要なのかもしれません。そして、持っていないのであれば、人と話してみたり、関連書籍を読んでみるなどして、試してみたくなるアイディアをどうにか探していくことになります。

仕事や勉強に対するモチベーションが低いと感じたときは、いきなりモチベーションを上げようとするのではなく、まず試してみたくなるアイディアを探すことにエネルギーを注いでみることを、オススメいたします。

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さて、ここで自著とセミナーの宣伝です( ̄∀ ̄)

診断士試験に向けた学習をこれから進めていく上で、本書には試してみたくなる勉強法やアイディアが数多く散りばめられています。4人のクセのある個性的な診断士がアドバイスをしていますので、自分にあったアドバイスや勉強法がきっと見つかるはずです。

これからの長い道のりに向けてモチベーションが維持できるか不安を感じている皆さん。再チャレンジに向けてモチベーションを高めたいと考えている皆さん。ぜひ本書を紐解いてみてください。「試してみよう」という気持ちが湧いてくるはずです。

また、本書の出版記念セミナーを1/23(金)に開催いたします(参加無料)。本書には盛り込めなかったノウハウや皆さんへのメッセージをお話ししたいと思いますので、ぜひご参加いただければ幸いです。交流タイムもありますので、特に独学の方など、仲間を見つける機会にもなります。



⇒概要とお申込みはこちら


本書とセミナーを通して「使ってみたくなる武器」と「共に戦っていく仲間」を見つけていただければと思います。

敗北と向きあうために、たとえ全く自信がなくても受験しに行こう。


あと1週間で、診断士の1次試験です。

合格に向けてこれまでがんばってこられた方々は、ぜひこのまま本番を突破していただきたいと思います。今回の記事の対象は、約3000人の「当日不参加組」の方々です。

つまり、申し込みをしたものの、自信が持てなかったり、思ったよりも学習時間がとれず合格の見込みほとんどなしと判断して当日会場に行かない、という方々です。

診断協会のサイトによると、昨年は21,145人が申し込みをして、実際に受験された方は17,832人でした。ということは3,313人の方が受験されなかったわけです。

不慮の事故や急病などで不本意ながら参加できなかったという方もいらっしゃると思いますが、それを差し引いても3000人くらいの方が「会場に行ける状態なのに行かなかった」と思われます。




もし僕が同じ立場だったら、つまり申し込みはしたものの予想外に仕事などに追われてしまい、勉強する時間が取れなくて合格の見込みなしと判断したら、同じように本番をボイコットしていたと思います。

僕は「負ける戦いはしない」性格の人間です。大学受験や就職活動でも、自分にとって無謀そうなところは受けませんでした。また、ドラクエやFFでレベル20で倒せるボスがいたとしたら、レベル25を超えるまでは戦いに行きませんでした。そういうタイプのリスク回避志向な人間です。


負けるということは、自分の未熟さ、いたらなさを直視する、ということです。体重計に乗って自分の体重を知るのが怖いのと同様に、ダメな自分という現実を直視することは辛いことです。できれば避けたいことです。




しかし、負ける経験、敗北に向き合うという経験はしておくべきだと、今では思います。辛いけれど、敗北の悔しさを全身で感じ、それに謙虚に浸りきることで、ようやく人は強い意志をもって足を踏み出すものだと考えるからです。

逆に、本番を受けに行かなければイヤな思いをしなくて済むかも知れませんが、逃げれば逃げ続けるほど、新たに足を踏み出す貴重な機会を遠ざけることになります。




「勝てない勝負は避ける」性分だったためか、僕は実際になにかに負けたときに、より落ち込んだり引きずったりするようになってしまっていたと思います。また、時には「勝てる勝負」にすら怖くなって挑まなくなってしまったこともありました。

それに気づいて、最近では「敗北に向き合う」という体験をなるべく意識的に行っています。

たとえば「ドラクエではあえて低いレベルでボスを倒しに行く」。負けそうになってもリセットボタンを押したりはしません。敗色濃厚でも全滅するまで戦い、悔しさを感じきります。たかがゲームと思われるかもしれませんが、自分にとっては本気で自分を変える取り組みなのです。また、仕事全般でも「勝てない勝負を避けない」よう意識しています。




だから、「受けるのやめようかな〜」と迷っている方は、迷わずに受けてみることをオススメします。あわよくば1科目くらい運よく合格できるかも、とかそういうセコい理由からではありません。

全然答案が埋まらない恐怖感、焦燥感、屈辱感、敗北感を全身で受け止めることが、次の1年への意志をより確固たるものにすると考えるからです。

「どうせ合格しないのだから、行かないほうが時間と交通費が浮く」という考え方もあるかも知れません。ですが、僕は1万3千円のコストで「目が覚める」経験を買える貴重な機会だと思っています。

体重計に乗らなければ、その現実からいつまでも逃避することができます。しかし、体重計に乗らない人はまずダイエットに成功しません。勇気を持って現状を把握することなくして改善はありません。

敗北に向き合う耐性がないと思う方ほど、ドラクエで過剰にレベル上げしてしまう人ほど、当日は受けに行っていただきたいと思います。

勇気の行方


なでしこジャパンが世界一になって約2週間。

あちこちで「勇気をもらった」という声が聞こえましたが、この2週間の間に、その「勇気」で具体的に何か行動はとりましたでしょうか?

おそらく、きちんと答えられる方は少ないのではないかと思います。


なでしこジャパンがくれた勇気は、はたしてどこにいってしまったのでしょうか?


2008年、女子ソフトボールが金メダルを獲得した北京オリンピック。

2009年、イチロー選手の素晴しいヒットで優勝を決定づけたWBC。

2010年、事前の予想を覆してベスト16に入ったワールドカップ。


今回の女子サッカー以前にも「勇気をもらった」という言葉が飛び交ったイベントは毎年ありましたが、その後にそれで何かをやり遂げたという人の話は、(ゼロとは言いませんが)あまり聞いたことがありません。

これでは活躍した選手達に申し訳が立たない気がします。


【1. 勇気に具体性を持つ】

そうなってしまう理由は、まず「勇気に具体性がない」点にあると思います。「なんとなく、がんばろう」という勇気は、簡単に雲散霧消してしまいます。

たとえば受験生の方であれば「試験への勇気」というテーマはあると思いますが、そこはまだまだ深掘りできるはずです。


仕事で疲れて「今日は勉強休んでもいいかなぁ」と思ったときに、「いや、やっぱりやろう」と思い直す勇気。

twitterに現実逃避したくなったときに、負けずに机に向かう勇気。

模試で点数が悪く、受験を諦めようかと思ったときに「いや、やろう」と立ち直る勇気。


たとえばそんな感じで、「勇気を使う場面」をイメージすることが肝心と考えます。


【2. 勇気を「自分との戦い」に使う】

そして、上記の例で挙げたように、実は勇気は「他人との戦い」よりも「自分との戦い」において使うべきものだと思うのです。

ぶっちゃけの話、「本番」においては誰だって戦います。試験の日になれば、誰だって負けたくないですから(記念受験を除けば)勇気があろうとなかろうと全力で戦います。

肝心なのは、そこに至るまでの日々において無数に起こる「自分との戦い」において勇気を使うことだと思うのです。

私の場合は、受験生ではありませんが、たとえば夜に仕事のノルマをやり遂げて、さあ寝ようかということろで、そこで踏ん張って別の仕事をちょっとだけでも進めておくとか、そういうところで「勇気」を使うようにしています。少しだけ、自分の限界をストレッチするわけです。

(最近、そういう僅かな差の積み重ねが将来大きな差につながっていくと感じています。今までの自分とは違う行動をとるという点で「自分を変える勇気」とも言えるかも知れません)

あとは、ダイエットしたいので「デザートを我慢する勇気」ですね(笑)。「体重計に乗る勇気」もかな。


偉業を成し遂げた人たちが最も喜ぶことの1つは「あなた達に勇気をもらって、自分も○○を成し遂げた」と言ってもらえることではないでしょうか。それが、彼ら彼女らの活躍に対する、最大の賛辞だと思うのです。

〕Φい鮖箸場面を具体化すること。⇒Φい髻崋分との戦い」に使うこと。

今回、なでしこジャパンからもらった勇気をムダにしないためにも、上記2点を参考にしていただければ幸いです。



元音大生が診断士になるまで


昨日、TV番組でいくつかの高校のブラスバンド部の全国大会出場までのドキュメンタリーをやっていた。自分も同じようにブラスに青春を捧げていたため、懐かしいなぁと思いながら観ていた。



※参考:著作権的にアレだけど、参考映像


取材先の各高校の指導者は魅力的な方ばかりで、生徒達も「○○先生は神!」「出会えたことが奇跡」と表現していた。こんなことを言われたら教育者冥利に尽きるだろう。そして、自分が中学のときも同じような恩師との出会いがあった。


ユーモアがあり、生徒思いで優しさがあり、けれど時には厳しく、引っ張ってくれた。全国大会に行くというビジョンを示し、そこまでのあるべき道のりを具体的に示した。その顧問の指導っぷりは、自分がリーダーシップやマネジメントを考えるときの1つの指針にもなっている。


そんな先生のようになりたい、音楽を通して立派な教育者になりたい。そういう思いを持ち、僕は音楽大学に進んだ。


しかし、自分には才能がなかったのか、成績は散々だった。ビリに近いというか、正真正銘のビリだった。タダでさえ倍率の高い音楽教員の採用試験。学内でさえロクな成績ではないのに突破できるはずはない。自分に合ってない。

それで僕は大学を2年で辞めることにした。「中退」という言葉にはネガティブな響きがあるけれど、まさか自分にその経歴がつきまとうことになるとは、思ってもいなかった。家族にも相当心配させてしまったと思う。


辞めようかどうか迷っていた当時、たまたま見かけた雑誌で、ある面白い大学があることを知った。ユニークかつ優秀な教授陣が集まって先進的・学際的な研究を行い、設備や環境も充実している。

調べてみたら受験科目は英語と小論文のみ。他の多くの受験生が複数科目を勉強する中、この2科目に「選択と集中」すれば勝てるのではないかと考え、中退後、家に閉じこもって勉強した。


1年後、僕は2つ目の大学に入った。期待どおりの素晴らしい環境で、僕は水を得た魚のように勉強した。そして今に至るまでも山あり谷ありの人生だけれども、今までの中で最も大きかったターニングポイントだったことは間違いない。


この経験を通して感じたことは3つ。

1つは、「人間、誰にも自分に合った居場所がある」のではないかということ。音楽大学では肩身が狭かったけれど、次の大学で「自分の居場所を見つけた」と確信した。Aという場所で自分の才能を活かせなかったら、Bという場所に行けばいい(ただし、それが「逃げ」にならないように)。

1つは、「人生はリセットボタンを押せる」ということ。行き詰まったときに電源を切るのはいけないけれど、リセットボタンを押してやり直すことはできると思う。というか、むしろやり直したいならやり直した方がいい。もし僕が音楽大学の卒業に固執していたら、今の充実した日々はなかったと思う。

そして最後は、ありふれた言葉だけれども「どんな経験もムダにならない」ということ。音楽とは無縁の大学に入学し、それまでのことはムダだったかと言えばそんなことはまったくない。

たとえば「音楽」と「プレゼン」は人前で自分を伝えるという点で共通している。音楽に例えて考えることは、プレゼンスキルの向上に様々な気づきをもたらす。僕はプレゼンが上手いと時々言ってもらえるけれど、それは音楽を囓っていたことと無関係ではない(だからSteve Jobsの講演で「Connecting Dots」という言葉が出たとき、僕はすごく共感した)。


人生のリセットボタンを押そうかどうか迷っている方は、上記の事例を参考にしていただければ幸いです。2回目の大学受験のときによく聞いていた曲でB'zの「Move」というのがありますが、その一節を借りて締めたいと思います。


「なんでもアリの人生の中で、何を戸惑うの?」



…あ、女王みたいにシリーズ化しようと思ったら1回で終わった(笑)。

最悪は、意外と最悪ではないかもしれない


先日、国立ファームの高橋がなり氏の講演を聴きに行ってきました。

ソフト・オン・デマンドでの成功により、一生遊んで暮らせるほどの財産を得たはずの高橋氏ですが、氏はそこで引退することなく、農業という分野で新たなチャレンジを続けています。


※創業時に持ち込んだ資産10億円は、今どのようになっているのかHPで見ることができます(笑)。

(画像をクリックで移動)


講演の中で印象的だったのは、氏の失敗体験の豊富さでした。テリー伊藤氏の下で働き、原宿の「元気が出るハウス」で大成功したものの、その後独立して会社を2つ潰し、やっとSODで大成功したものの、現職の農業でもまた試行錯誤を繰り返しています。

パワポの全ページ(20ページ近くはあったかと思います)に写真が貼ってあり、それぞれの写真に関連して失敗エピソードを語っていました。


常人であれば、とっくにどこかで諦めているはずだと思うのですが、氏のチャレンジ精神はどこからくるのでしょうか?

そのためのヒントはいくつか提示されていましたが、その1つに「最悪の状況はどうなるかをイメージする」というのがありました。

「失敗したら終りだ、とかんがえるのではなくて、具体的にどういう状況になるかイメージする。そうしてみると、最悪でも死にはしないな。家族が家を追い出されることまではないな、と気づく。ならチャレンジする価値はあるじゃないかと。」(同氏)


これを聞いて思い出したのが「破局視」(破局的認知)という言葉です。心理学方面の用語で、要は「失敗時に起こりうる状況を、実際以上に大きく思い込んでしまう」状態です。


「この仕事で失敗したら、俺はもう終わりだ!」「この不祥事が露呈したら、我が社はおしまいだ!」みたいなやつですね。冷静になって何が起きるのか具体的にイメージしてみると本当はおしまいでもなんでもないのですが、無根拠に「おしまい」と決めつけてしまうということはしばしばあると思います。


自分も、ある方に「○○○(←ナイショ)したら、もう僕はおしまいですよ!」と言ったことがあります。しかし、その方は「○○○したら、具体的にどのようなことが起こる?」と聞いてきました。そして、よく考えてみると「あれ? それほど大したことは起こらないじゃん」ということに気づいたのです(もちろん何らかの損失がでることは確かなのですが)。

僕は実体のないものに、おびえていたわけです。


(似たようなものに「みんなって誰よ(例:「〜〜はダメだってみんな言ってる」)とか「世論って誰よ(例:「〜〜するのは世論がゆるさない」)」というのがありますね…)


企業の不祥事の例などを見ても、その後にちゃんと立て直してる会社はいくつもあります。見えないものを想像するのはエネルギーが要ることですが、そこで面倒くさがらず、「終わり」や「おしまい」の正体をあらわにしていくことが、チャレンジ精神を高める秘訣なのだと思った講演なのでした。

一年の計は「師走」にあり


新しいことを始めるには年末が適しているように思います。

たとえば昨年の僕の場合、11月末くらいからジョギングを始めました。また、以前書いたRareJob(レアジョブ)も、今月から始めています。そういえば、4年前に診断士試験を受けるためにTACに通い始めたのも11月だったと記憶しています。


「一年の計は元旦にあり」と申します。元旦という1つの区切りが、新しいスタートを切るにはちょうどいい日なのだと思うのですが、実は元旦からのスタートには1つ問題があります。それは「コケたときの精神的ダメージが半端ない」ということです。

たとえば、元旦から「よし、今年はブログを始めるぞ」とスタートしたとする。ところが実際にやってみると思うようにブログを書く時間がなかったり、ネタが思いつかなかったりして1ヶ月位で挫折したとする。

すると、その「挫折」がなんとなくその1年間の象徴のように感じられてしまう。新しいことを始める気力も湧かない。始めるにしても「2月から」とかいうのはなんか中途半端な感じがしてしまう。「あぁ、今年も実りない1年かなぁ」と。スタートダッシュがうまくいかなかったことで、1年間失速し続けてしまう。


どんな取組みでも「始めてみるとちょっと想像と違ってた」ということはあると思います。そして、その差異をそのまま受け止めるか、差異を自分の手で縮めようとするか、あるいはその分野から撤退するか、といった判断をすると思いますが、いずれにしてもそのための余裕期間というのは多少必要であり、それが「新しいことは年末から始めるべき」だと思う理由なのです。

たとえば12月から英会話の勉強を始めたとして、すぐに「思ったより自分に向いてなかったからやーめた」となっても、気を取り直して元旦から別のチャレンジをし直すことが可能です。


つまり、これを書いている12月というのは、1年間の総括をするタイミングであると同時に、新しいことを始めるタイミングであると思います。来年から始めようとする取組みが続けられそうかどうかを試すパイロットフェーズになりうると思うのです。

自分の場合、RareJobを2週間やってみて、当面なんらかのカタチで続けていけそうだという感触は得ました。来年1年間は、「会議を英語でファシリテートできるコンサルタント」になることを目標にしてみたいと思います。

アツくなれ!


僕からはこちらを↓。

アツい応援のメッセージを考えていたのですが、はるかにアツい方がこちらにいましたので紹介。















※おまけ



プロフェッショナルとエキスパートの違い


「プロフェッショナル」の定義を簡単に述べよ。

…と言われたらどのように答えますでしょうか?

自分の場合は、「顧客の期待を超えたパフォーマンスで『感動』を提供する人」だと定義しています。

品質が期待を下回れば「不満」、期待通りなら「満足」、そして、期待以上なら「感動」。われわれコンサルタントは、顧客に感動を提供するために日頃から自分を磨き、仕事において品質のためにあらゆる手を尽くさなければならない。



まあ、これは前いた会社あたりで脈々と受け継がれている思想みたいなものですが、たとえばイチロー選手とかゴルゴ13みたいな人も、「そこまでやるかあ!」みたいな(期待を超越した)仕事をするからこそ、プロフェッショナルの代名詞みたいに扱われているわけで、けっこう普遍性の高い定義だと思います。


大前研一氏は、プロフェッショナルに求められる要件の1つとして「顧客へのコミットメント」を挙げていますが、「顧客」という言葉はプロフェッショナルを語るときには外すことができない要素だと思います。

「プロフェッショナル」と「エキスパート」や「スペシャリスト」の違い、みたいな話がたまに出ますが、ボクは


・プロフェッショナル⇒「顧客」にフォーカスしている
・エキスパートやスペシャリスト⇒「技能・技術」にフォーカスしている


という区分けをしています。技能が高い人を安易に「○○のプロ」と呼ぶことがありますが、技能が高いだけではエキスパートとは呼べても、プロフェッショナルとは呼べないのではないかと思っています。

Excelの知識が多ければ「Excelのエキスパート」とは呼べるけれど、「Excelのプロフェッショナル」と呼べるのは、あくまでExcelを通じて、顧客が感動するほどのサービスを提供できる人だけではないかと思います。(ただし、もちろん技能・技術が高ければ高いほど、それだけ顧客を感動させられる可能性が高いはずだとは思いますが)


以上、ペパセミの復習を兼ねて、ボクなりの「プロ論」を述べてみました。

ご参考まで。


参考:大前研一「誰でもプロフェッショナルを目指せる」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080324/296830/

【1次試験直前】 魂の言葉集 Reloaded


昨年のものはこちら




待ってます。自由にして過酷な「プロフェッショナル」の世界で。

「アッピア街道の松」


皆様、あけましておめでとうございます。
ペパチェ@大そうじ中(!)です。

テレビ東京では毎年恒例の「東急ジルベスターコンサート」をやってましたね。カウントダウン(新年を迎える瞬間ジャストで曲が終わるように演奏する試み)は今年も成功。曲はレスピーギの「ローマの松」より「アッピア街道の松」。自分がめっちゃ好きな曲です。


(作曲者が楽譜に記した内容)
「アッピア街道の霧深い夜明け。不思議な風景を見まもっている離れた松。果てしない足音の静かな休みないリズム。詩人は、過去の栄光の幻想的な姿を浮べる。トランペットがひびき、新しく昇る太陽の響きの中で、執政官の軍隊がサクラ街道を前進し、カピトレ丘へ勝ち誇って登ってゆく」


rome2

というわけで、軍隊の行進が次第に夜明けを迎えていく様子を描いています。ですが、自分がこの曲を聴くといつも、「夜明け」というよりは、「暗いトンネル」を歩んでゆく中で少しずつ光が見えてきて、やがて、ぱーっと視界が開ける! そんなイメージが浮かびます(夜明けとあまり変わらないか)。

暗闇の中を抜けて、やがて輝かしい希望の光が見えてくる。そんな連想を抱かせるゆえに自分はこの曲が好きなのだと思います。元気を与えてくれる曲だと思うので、受験や仕事などで悩めるときにはぜひご試聴を(自分的には、ボストン響&セイジオザワがとても洗練されててオススメ)

レスピーギ:ローマ三部作
レスピーギ:ローマ三部作


これを読まれている皆様へ。この「アッピア街道の松」のように、夜を抜け、そして「希望」の訪れる1年になることを祈念して、今年最初のエントリーとさせていただきます。

今年もよろしくお願いいたします。
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